シーズン02 Ep.05 けんたの日常

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モデムを解約してから、コラムを書くのをやめていました。

でも、よく考えてみると私は文豪です。
紙とペンさえあれば、言葉は綴れるはずでした。

そもそもiPhoneにデザリングすればいいだけなので、結局のところモチベーションの問題だったようです。

滝下さんもバリィさんも、四天王としての職責を果たしています。
それなら私もと、ノートパソコンを開き、メモ帳に何か書き始めてみようと思いました。

3年前の4月。

U棟赴任のとき、YouTubeのチャンネル登録者は714人でした。
今日確認してみると、1526人。

1000人を超えたあたりから、登録者数を増やすことにあまりモチベーションを感じなくなり、
チャンネルを大きくすることよりも、日々の思い出や記録を大切に重ねていこうと思うようになりました。

私は生まれつき陰キャでコミュ障なので、
人と関わることにそれほど興味がない人間だと思っていました。
内面はいつも、自分自身に向かっているような気がしていたのです。

でも、終わりを感じる今になって、
そうでもなかったことに気がつきます。

最後のグループキャンプには、20人の仲間が集まってくださいました。
しかもサプライズでプレゼントまで。

みんなで時間をかけて考えてくれたそうです。

メッシュのローバーチェアーは寒いだろうからと、ムートンラグ。
以前、お仲間が使っているのを私がうらやましがっていたのを覚えていてくださり、
コストコになかったので、わざわざIKEAまで探しに行かれたそうです。

それだけで十分なのに、
以前から私が欲しがっていたブリエスタまで。

本物は安くても13000円するので、私は2000円の中華製のパチモンを使っていましたが、
「本物です」と言ってプレゼントしてくださいました。

親友のくまさんからは、焼き板のプレゼント。
野営地に行き、「kenta」の文字に水糊を当てて板を焼いてくださったそうです。

色紙にも、みなさんのメッセージがたくさん書かれていました。

自分は心が壊れているのではないか。
感情を失っているのではないか。

そう思うこともあります。

でも、これだけ私のために時間やお金を使ってくださったのかと思うと、
思わず涙があふれてきました。

週に3回、送別会が開かれています。
お酒で体はボロボロになりつつあります。

飲み会なんていらないよ、という風潮もある世の中で、
これだけの人が、お互いを想い、語り合う時間を作っている。

人は、人の中で生きているのだと、あらためて実感します。

先日は同期会がありました。
やはり年齢の話になります。

織田信長の時代だったら、
あと3年ほどで終焉を迎える年齢だそうです。

父親の教えで、私は「普通が一番」主義です。

でも普通を維持するというのは、実は難しいことです。

健康でいること。
ストレスを抱えないこと。
家族と仲良く暮らすこと。
娘を普通に育てること。

周りを見渡すと、できていない人のほうが多いのではないかと思います。

同期という物差しは、それがとても分かりやすい。
健康診断の結果を聞いて心配したり、仕事の悩みを聞いたり、会社の未来を語ったり。

そんなことをしながら、それでも楽しい時間を過ごしました。

人は、生きることに意味を求めがちです。

生きていることに理由が欲しいのかもしれません。
動物のように本能だけで生きるのではなく、
存在そのものに意味を持たせようとする。

でも本当は意味なんてなくて、
多くの動物のように、ただ生まれてきただけなのかもしれません。

フランスの哲学者
アルベール・カミュ
はこう言いました。

人生に意味はない。
だからこそ人は自由に生きられる。

意味を見つける人生と、意味を作る人生。
2つの考え方があるのかもしれません。

白ワインと、
国産穴子の裏漉しソース、カパルカンティ風スパゲトゥーニをいただきながら、
そんな話をしました。

穴子の頭や骨や内臓まで使ったソースは、
今まで食べたことのない味でした。

普通に生きていると、普通のパスタしか知らない人生ですが、
こうして足を延ばすと、新しいレシピに出会えます。

私は料理が得意で、特にパスタと魚料理が好きなので、
いつか再現してみようと思います。

人生に意味を求める同期の話を聞きながら、
自分はそんなことを考えなくなっていたことに気づきました。

私には娘がいるからです。

いつの間にか、私の心の中の空間は、
娘を心配することで満たされていました。

離れて暮らしている私に、娘は毎日メッセージを送ってくれます。

おはよう。
寝坊した。
いってきます。
ただいま。

意味を持たなかった私の人生に、
娘が勝手に意味を作ってくれました。

安倉寮421号室からは、オートバックスの屋上が見えます。
そこには消火器が置かれています。

その景色を見ていると、
なぜか心が虚しくなることがあります。

消火器がそこにある意味を考えることもなく、
ただぼんやりと眺めていると、
自分の心が空っぽになりそうな気がするのです。

でも私には家族がいます。
仕事の仲間もいます。
趣味でつながった仲間もいます。

おいしいお酒を飲みながら、人生を語り合う同期もいます。

ユニポスで拍手をくださる仲間もいます。

先日、「けんたの日常、応援してます」と言っていただきました。

けんたの祝日、けんたの平日、
もはやけんたすらいなくなり、順子の平日とか。

キャンプ仲間がよくいじるので聞き慣れた台詞でしたが、
「休日です」とツッコむと、普通に間違えただけだったそうです。

でも今考えると、それこそが本音だったのかもしれません。

けんたの日常。

静かで平穏な日々。
生きるために働き、娘とLINEをして、眠る。

休日はキャンプ仲間と焚き火をし、
釣れない魚を釣りに日本海へ出かける。

ときどき友人と、おいしいお酒と食事を楽しむ。

大げさではない、ただの日常。
それが一番の幸せなのかもしれません。

U棟は終わり、単身赴任も終わります。

娘のことを想い、寂しい時間も多かったけれど、
たくさんの仲間に囲まれていたことも知りました。

ユニポスも終わります。

ぶどうが熟して落ちるように、
人生の出来事もまた自然に終わる。

マルクス・アウレリウス

花が咲き、実がなり、そして落ちるように、
四天王としての私たちの役目も、自然と終わります。

ここで出会ったたくさんの愉快な人々と、
またどこかでつながることを祈って。

これまで拍手をくださったみなさまに、
愛をこめて。

日常という土の中で、種がまた芽を出して花を咲かせるようすを眺めながら。

けんた

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