シーズン1 Ep.39 最愛

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僕たちは、子どもに恵まれなかった。
4年間、不妊に悩む夫婦が経験するようなことを一通り経験して、ある日、あきらめた。
喧嘩ばかりで、悲しいことも多かったから。

「犬を飼おう」
そう決めた。でもその前に、しまなみ海道を自転車で旅しよう、と。

そして、その旅で、娘ができた。

喜びよりも、まず不安が押し寄せた。
無事に生まれてきてくれるのだろうか。

実際、生まれたとき娘は息をしていなかった。泣き声もなかった。
少し経って、ようやく聞こえたその泣き声に、涙が溢れた。

――そんなふうに生まれた娘も、今では小学四年生。反抗期の真っ只中だ。
単身赴任をしていると心に余裕が生まれるから、不思議と怒ることは少なくなる。

それでも、怒らなければいけない時はある。
ああ言えば上祐のように、ママの言うことにいちいち口答えして、ご飯すら食べようとしない娘を叱った。

「出て行きなさい。
育ててもらってるだけで、何も手伝わず文句ばかりなら、もう育てきれない。」

娘は黙って席を立ち、玄関の扉を開けて外に出た。
パジャマ姿のままだったから、すぐに心配になって2分もしないうちに迎えに出た。

庭の真ん中で、玄関の方を向いてしゃがみ込んでいた娘。
僕の顔を見ると逃げるように走り出したけれど、呼びかけると立ち止まった。

――本当に出ていく勇気はなかったみたいだ。

僕が小学四年生の頃は、本当に家出をした。
友達に至っては、中学一年で“九州脱出”を試みた。
結局、自転車がパンクして天草五号橋あたりで折り返してきたのだけれど。

それでも家に戻りたくなくて、彼は近くの山の橋の下に隠れていた。
もちろん、その場所は“守秘義務”として、先生には決して言わなかった。

担任は激怒し、友人の一人は殴られてしまったけれど、それも今では笑い話だ。
その友人が結婚式を挙げた日、なぜか僕にスピーチを頼んできた。
おかげで式場で、あの家出話を披露される羽目になった。
もちろん大爆笑だった。

それに比べれば、娘の反抗期なんて可愛いものだ。

僕は何でも包み隠さず話すタイプだから、思っていることをそのまま伝えた。
パパは一人で寂しいけれど、娘のために頑張って働いていること。
君が不自由なく暮らせているのは、パパとママが頑張っているからだということ。
生まれたとき嬉しくて泣いたこと、生まれてくることも、元気に暮らせることも、
本当は当たり前じゃないということ。

自分で言うのもなんだけれど、娘は“ギネス級”に愛されて育ったと思う。
抱っこした回数も時間も、おそらく本気でギネスに載る。

自己肯定感を高めてあげたくて、小さい頃は飽きるほど抱っこした。
毎日3時間は抱っこして散歩しながら、いろんな話をした。
熱を出した日は本当に一晩中抱っこして夜道を歩いた。

愛されて、愛されて、愛されて――10歳になり、反抗期になった。

「反抗期は仕方ないんだよ」と僕は言った。

神さまがかけた呪いだから。
反抗することも、パパを嫌いになることも、神さまがかけた呪いなんだ。

だって考えてみてほしい。
こんなにかっこよくて、こんなに優しくて、しかも自分のことをとんでもなく愛してくれる。
ボンボンシールが欲しいと言えば何店舗も探して、
最後はゆめタウンのロフトで入荷中のシールを見つけてくれる――
そんな彼氏、一生かかっても見つからない。

普通に生きてたら、パパより好きな人なんて見つからないでしょ。
そしたら、みんなパパと結婚したくなっちゃう。

そうならないように、神さまが呪いをかけたんだよ。
ある日好きな人ができて、その人と結婚するまで解けない呪い。

娘は神妙な顔で聞いていたけれど、返ってきた言葉はこうだった。

「パパってシンプルに、自己肯定感えぐいよね」

変な言葉づかいだけれど、実に冷静なコメント。
娘は、健全に育っているようだ。

パパという役目は報われないことも多いけれど、パパであることは本当に幸せだ。

欲しい車が買えなくても、素敵な時計を巻けなくても、
娘が健全に成長してくれればそれで十分だ。

月に一度再会し、
小学一年生の頃と同じように、小学四年生の娘を迎えに行く。

学校が終わる頃、正門で待っていると、だいたい30分後には友達と一緒に帰ってくる。
途中のクレープ屋さんで、友達の分もこっそりソフトクリームを買ってあげる。

どれだけ尽くしても、娘は友達を優先する。
それもまた、健全な成長だ。

僕は転勤族の父について回って親友と呼べるような幼馴染がいなかった。
だから、娘には幼馴染を作ってあげたくて、一人で転勤することを選んだ。

娘は姉妹のように仲の良い友達と、
放課後はどちらかの家で宿題をしてから遊んでいる。
マインクラフトをしたり、カラピチのグッズを集めたり、ボンボンシールを交換したり。

これから先がずっと順調かは分からない。
僕らが経験したように、思春期は複雑だ。

自分から手をつないできたのに、友達に気づいてふりほどく。

もうパパ、なんで手をつないでくるのよ。

赤ちゃんだった娘が、いつの間にか少しずつ大人になっていく。
それでも赤ちゃんの頃のように、ずっと抱きしめていたい。

寄り添って、守って、嫌われても叱って、眠った頬にそっと口づけして。
パパであることは、本当に幸せだ。

――生まれてきてくれて、本当にありがとう。