シーズン2 Ep.04 髪の毛

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Uniposが終わってしまうらしい。

何にでも終わりはある。不思議なことではない。
人生にだって終わりがあるのだから。

安倉寮の渡り廊下を歩いたとき、あまりの静けさに、私は「死」を思った。
半年前なら、幾何学的に並ぶ窓のどこかに西島さんがいて、「けんたろうちゃん、おはよ」と洗濯物を抱えて声をかけてくださった。

今日は誰もいない。
四階の廊下には私だけがいて、あの喧騒も、オンラインに取り込まれてしまった兵たちの叫び声もない。

静かな廊下は、少しだけ死に似ていた。

単身赴任が始まり、久しぶりにサッカー部へ顔を出した。
知っている顔は減ったが、スポーツを愛する人たちは相変わらず体育館にいた。

昨日は「増田杯」が開催された。

波光電の元所長・増田さんが始めた大会だ。
増田さんは今ごろドイツで半導体を売りながらビールとソーセージを楽しんでいてはるらしいが、主役不在でも大会は続いている。

昨年3位、今年は4位。

しかしチーム数は6から8へ。
つまりレベルは上がった。
……と、自分を慰める。

40を超えると、1年ごとに体の変化がはっきりわかる。
車でいえばショックアブゾーバーからオイル漏れしている状態だ。
最高のパスが来ても、私の膝が拾えない。

パスミスではない。
膝が、ただ追いつかないのだ。

ところが還暦を超えた先輩方が、俊敏に走り回る。
小玉さんも相手チームに混ざり、波光電の光を奪っていく。

化け物。野人。

いや、違う。
ただ、積み重ねてきただけなのだ。

努力は人間を“人間の限界”から少しだけ遠ざける。

そういえば、冬季オリンピックを見ていた。

スノーボードの平野歩夢。
骨折を抱えながら、それでも彼は「かっこよさ」を選んだ。

評価するのは簡単だ。
炬燵でテレビを見ながら批評するのは、もっと簡単だ。

だが、痛みの中で戦う選手を、本当の意味で理解するのは難しい。

だからメダルには価値がある。

りくりゅうの演技を見て、泣かない人はいないだろう。

りくに肩入れするわけでもなく、りゅうでもない。

不思議なことに私たちは彼らを一人の人間として見ていた。

解説の成美さんの言う通り、あの2人でなければいけなかった。

支えあって、お互いを思いあって、完全に一つになっていた。あんな演技は、見たことがない。

フィギュアは個人が花形だった。ペアのフィギュアは、失礼を承知で言えば、本当におまけだった。

でも、そうではなかった。

個人の種目すら霞むほどに、りくりゅうは輝いていた。

一人であることより難しいこともあっただろう。

同時に、2人でなければ成し遂げることもできなかったのだろう。

演技から、今日まで、私は彼らの演技を見る度に何度でも泣くことが出来た。

もちろん、個人の種目は花形だった。天真爛漫な17歳の、あざと可愛い仕草も、いつも明るい太陽のようなかおりちゃんの緊張した姿も、そして、冬の氷をすべて溶かしてしまうような主役、アリサリウの圧倒的なオーラにも。

彼女の厚みのある髪の毛がゆれるたび、私はナウシカのテトを思い出した。

最近は、髪の毛について考えている。

私は髪を伸ばしている。しかも一部だけ金色に染めてしまった。
当然、非難轟轟である。

私はアリサ・リウではない。ただの中年のおじさんだ。
個性的であることが拍手に変わる側の人間ではない。

指摘されるたびに、少し揺らぐ。
やはり間違っているのか。
男の髪は短くあるべきなのか。

「短いほうが似合うよ」

ロン毛を志す者にとって、それは避けては通れない通過儀礼だ。

若い頃、ハウルに憧れて髪を伸ばした。
もちろん金髪だった。
もちろんモテなかった。

ある日、ばっさり切った。
すると周囲は言った。

「ほらね、短い方がいいでしょ」

あのとき、私は少し負けた気がした。
世間に、というより、自分に。

私が私であることは、案外むずかしい。

アリサリウのように、存在そのものが肯定される人もいる。
では、もし私が本気で髪をテトのように縞々に染めたらどうだろう。

称賛ではなく、心配の目で見られるに違いない。

だが、考えてみてほしい。

人生は一度きりだ。
しかも、モテることにそれほど意味はない。

モテたところで何になる。
牛の餌にもならない。

生きることには終わりがある。
だからこそ、途中くらい、自分で選びたい。

髪を伸ばし続けることは、生きることに少し似ている。
楽なほうへ流れれば、すぐに整う。
空気を読めば、一瞬で正解になる。

いっそ切ってしまえばどんなに楽だろう。
何度も悩んだ。
チャッピーに相談したこともある。
(それはそれで別の騒動を生んだが、また別の話)。

それでも私は、

伸ばしてみたいのだ。

ふいに滝下さんを思い出す。

数ミリも伸びていないのに床屋へ行き、見事な細川たかしカットに仕上げてくる。
あれもまた、美学だ。

たとえ滝嫁さんに「また行ったの?」と言われようとも。

「よそはよそ、うちはうち」

全国のオカンの金言である。

どう締めればいいのか分からないが、
私のコラムも、おそらくあと数回。

配信にとち狂った四天王を、いつも温かく見守ってくださる皆さまへ、愛をこめて

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