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2016年4月 熊本地震の記録

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何でも写真に残したいワテクシ。

写真に撮りたくない、と思ったのは多分、これが初めてです。

見たくもない光景。残さなくても、記憶から消えないような景色。

午前1時25分

午前1時25分。

体が地面から突き上げられるような振動で飛び起きました。
瞬間的に、これまでと別次元の地震だと理解し、リエさんと一緒にふーさんを抱えて
リビングテーブルの下へ避難。

実際の時間は分かりませんが、体感的には数分続いた大きな地震。
前日の大きな横揺れと違い、立てに横に小刻みに揺れ続け、
部屋のいろんなものが落ちる音、割れる音。

さすがのふーさんも何か特別なことが起きてるのだと理解し、
「あーっ、あーっ」と大きな声で叫んでいました。

揺れが収まりそうにないので、ランタンを持って外に様子を見に出ると、
お隣さんの旦那さんたちがみんな出てきました。

うちは避難するつもりだと伝えると、避難したほうがよいのか、
うちの中が安全なのか迷っているとのこと。

確かに避難して災害あったという話もよく聞きますが、
この建物の中の閉塞的な感じは恐怖そのものだと思い、

前日に避難しようと用意していた袋を全部車につめこんで、リエさんとふーさんを連れ脱出。

すぐ近くの避難所は車がいっぱいで入れず、近くの公園に。
幸い、かなり大きな公園が車をとめるよう開放されたので木のない安全なところに
車をとめて、歩いて避難所へ。避難者リストに名前を書いて、また公園に戻り、

車の中で毛布をかぶって明るくなるまでじっと座って過ごしました。

その間も、何度も大きなゆれがあり、一度はまた突き上げられるような大きな地震。
何かの崩れ落ちる音が聞こえる中、恐怖の時間を過ごしました。

明るくなり自宅へ戻ると、まわりの古い家の屋根は瓦が落ちたり、傾いたり。
新しいお家は無事でしたが、中はみんな大変なことでしょう。

電柱も傾いていました。

携帯の充電が切れそうだったので家に帰りブレーカーを入れてみましたがダメ。
ふーさんのミルクつくりのためお湯を沸そうとしたけれどガスもダメ。
水はちょろちょろとだけでる感じ。ライフライン壊滅。

ガスコンロでお湯を沸かし、ポットに入れて、そのまま車へ。

この時点で携帯の充電が切れそうだったのでネットにつなぐこともできず、
電気がないのでテレビも見れず、情報がなし。

いったい何が起きているのかは何も分からない状態。

天草へ避難しようか、鹿児島へ避難しようか迷いましたが、下道で鹿児島へ行くのは
危険ではないかと判断し天草へ確認したところ、天草は揺れるが被害はないとのこと。

ひとまず天草へ帰ってきました。

途中の道路は橋がどこも付け根部分で段差が出来、マンションの1階が落ちて
道路の広範囲へガラスが飛び散っていたり、お店のいろんなものが落ちていたり、

目を疑うような光景。幸い、道路が封鎖されているところはなく(とっさの判断で熊本港のほうから
帰ってきたのがよかったのかも)、天草も上島は信号が消えているので停電こそしているようですが
建物の被害はなさそうで、無事帰ってくることが出来ました。

ちなみに実家のある下島は、かなり揺れたようですが被害はなし、
帰ってきてテレビを見て、熊本が壊滅的な状態であることを理解しました。

揺れ方も、熊本で体験していた震度の半分くらい。
同じ県内でありながら、まるで遠い世界のような感じです。

ニュースでは震度6レベルの余震がまだあっていたりで、あのままあそこに居たら
どうなっていただろう・・・・と恐怖し、同時にみんな無事だろうかと心配。

こんなことが本当にあるのか・・・・・。夢なら覚めてくれという感じです。

八十数才のご老人が、こんな地震は始めてだ、と語ることもあれば、
ふーさんのように0歳にして経験することもあるわけで、

人は一生のうちにそれぞれ色々な経験をし、生きていくものですね。

亡くなられた方、重軽症の方、家を失ったり、避難所生活の方、職を失う方もいるでしょう。

経験を糧に、というのも酷な言い方ですが、乗り越えていくしかありません。

一度、熊本へ家の片づけに戻りました。

近所の方もご実家へ帰られていたりですが、残られている方は、やはり夜は怖いので
避難所で車中泊をしているとのことでした。

ライフラインの確認をすると、電気はOK、ガスはまだ、
お風呂に溜めた水は砂のようなものが沈殿し、2度目に出した水は茶色に濁っていました。
それでも水が出るということは幸せなことで、断水している地域に住まわれている友人は本当に、
「命の水」状態。田舎の水を数人の友人に配り、また天草に帰ってきました。

生活するのも困難なので、出勤要請があるまでは天草にいるつもりですが、
震源が南下しているとか、日奈久断層が何だとか、天草も何があるかは分かりませんで、

ふーは比較的安全な鹿児島の実家へ届けました。これで少し安心。

親というのは偉大なもので、この子のためなら本当に死ねる、と思えるもので、
娘がいるから強くなれるという部分では、いろいろと逆に助けられているのかもしれません。

なので居ないと寂しいですが、仕方なしですな。

そういう意味では、親元はいくつになっても安心します。
こんなおじさんになっても、まだ子供の部分が残されているのでしょう。

昨日は電力会社を引退したパパンのアルバイトにつきあって、電柱の見回り。
カラスが巣をつくっているところを点検し、写真や記録をとってまわりました。

パパンもカメラを持っていましたが、ケンタのカメラマンとしての腕は信用されているようで
いっさい取らず、何やら記録を一生懸命書いておりました。

彼らもまた命ある生き物。
針金などがまじっていて通電する場合に限り、撤去することがあるようです。

それから半日かけて実家の片づけ。居候の恩義を果たしております。

ふーとリエさんとはしばらくのお別れ。寂しいですが、二人の無事が一番です。

地震おさまってきたのかな。でもまだ怖いな。

亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。
ケガをされた方の回復を願います。

熊本のことを考えてくれるみんなの優しさに感謝します。

熊本地震で考えたこと

太陽系が持つ惑星のひとつである地球の時間が持つ単位は、人類の比ではない。
そんなことは誰もが分かっているけれど、人類もまた特異な生き物なので、抗う力を持っている。

地震学者が雄弁に語る言葉はどれも後付けに聞こえるけれど、
この経験がまた資料となって、次の予測につながっていく。

どういうことかというと単純に、もうどこで何が起きるか分からないということです。
気象庁が予測を諦めるということは、そういうことなんだろうと思う。

と、いうことが、とりあえず、分かった、ということだろうと思う。
東日本大震災のひずみが、今回の熊本地震につながっているのであれば、また次もある。

ということが経験するまでは分からなかったけれど、今分かったような気がします。

しかし人間というのもまた超絶なる生き物で智恵があり、団結することが出来るので、
復旧する力には、すさまじいものがあります。

一人ひとりの力は微力でも、重なると偉大な力になるわけで、助けあることが出来るというのが、
人間最大の強みだと感じます。災害時は特に、乗り越えようとする力が働くもので、
生きようとする力、誰かを守ろうとする力、助けようとする力を感じます。

こんな経験は一生に一度であることを願いたいものですが、相手が地球である以上、
何が起こるかは分かりません。

人生観が変わる1日でした。もっと大切に生きよう。両親を大切にして、
家族や友人を大切にしようと思います。

というわけで復興の力はすさまじく、ライフラインも回復しつつあります。
電気は早い段階で復旧、水は透明になり、ガスはまだですが徐々に使用できるようになった地域も広がっています。

簡単に書くけれど、一人ひとりの大変な労力があって、それが成し遂げられているわけです。

と言いながら、もう一度大きな地震があったら・・・抗えるものかと考えてしまいます。

リエさんが送ってくれるふーさんは今日も可愛く、というか日々可愛さを更新しているようです。
ケンタとリエさんの性格からすると、なんでこんなお転婆で強い女性が生まれたのかしら・・・
と思える部分も多々ありますが、そんなところも可愛い。

久しぶりの一人暮らし。

また同じ動画を100回くらい見て、微笑みながら暮らしております。
幸い、これまた経験の為せる技で、一人暮らしにおいてはもう何の不安もなし。

すべての家事をこなすスパイダーマンのような能力を身につけてしまったようで、
また人類の偉大なる能力を自分のなかに見出しております。

水も飲めるようになったので、明日はご飯を作って冷凍しよう。
そして家の片づけ。会社はすさまじいことになっておりました。次の出勤は月曜日から。

フレフレ、オレ。

ふーさんの部屋のクローゼット。棚からパソコンや収納ケースが落下してめちゃくちゃ。
しかしパソコンの横に置いていた、ひな人形は落下せず。ありがとうふーさんの守護神。

水が濁っていたときの写真。
お風呂にお湯を張って流したら、この砂?のようなものが残ります。

今日現在はすっかり綺麗になり、飲み水OKですよ宣言が出ました。


ライフラインの復旧

今日は朝からガス屋さんが来訪。

愛知からの応援で、東邦ガスさんでした。

まず家の外のメーター部分で圧力確認されました、「ガスが来てません」とのこと。

結局、家までガスが来てなかったようで、帰られました。

すぐに集団のガス屋さんが来て、道路から家までのガス配管の圧力確認。

10時から14時くらいまでかかって、ようやくOK.いろいろ大変そうでした。

16時ころ朝のガス屋さんが来て、家の配管圧力確認OK.

晴れて、ケンタ家のライフラインはすべて復旧の運びとなりました。

ガス屋さん、水道屋さん、電気屋さん、みなさんご尽力頂きありがとうございました。

普段何気に使っている水や電気やガスのありがたさが、身に染みて分かりました。

さて・・・・・

毎日カップ麺(会社も食堂機能しないのでカップ麺)かレトルトカレーで飽きたので、
今日は料理しようかなー。鯛買いに行ってお吸い物作ろうかなー。。

ありがたかーー。

水は飲んでOKのことですが、せっかくパパンが田舎の綺麗な水を持たせてくれたので、
調理用に使っております。

ではスーパーへ行ってきまーーーーーっす。

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